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とちぎコミュニティ基金は「みんなで集め、みんなで造る」栃木のミライづくりを担うインフラです。

集めるものはお金と人とアイディア。まずは栃木からみんなで課題を解決しましょう。

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*能登半島地震の災害ボラ募集⇒

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*Vレンジャー「キャンプで救う!子どもの貧困」

学生・若者ボランティア募集中。現在15人。

 

*サンタdeランの実行委員メンバー⇒

毎月1〜2回の会議で、当日までの企画を一緒に考えてくれる人募集中。  


ボランティア大募集!

◎相談聞き取りボランティア

◎食品回収ボランティア

◆毎週木 15時~ フードバンク会議




気になるこの人!幼稚園の扉から地域社会へ『すぎの子幼稚園事務長矢野雅大』さんにインタビュー」

◇県北で社会貢献やボランティア、SDGs活動に積極的に取り組んでいる方々にしょうちゃんが聞く!今回は幼稚園の事務長としての仕事と青年会議所での活動を両立されてい『矢野雅大』さんにYouTubeチャンネルでインタビューをさせていただきました。
詳しくはこちら↓↓↓
 編集後記)
 矢野さんは幼稚園で働く一方で、地域の課題にも目を向けていました。
子どもたちの教育に情熱を注ぐだけでなく、地域の親御さんや支援者と協力して地域社会全体の発展に貢献していると同時に、青年会議所では若者たちの声を代表し、地域の課題解決に向けて行動しています。
 一つの組織や役職に留まらず、幅広い活動を通じて地域社会に貢献することで、多様な分野でのリーダーシップと地域社会の発展への献身を象徴しているようです。
  矢野さんの言葉からは、自己犠牲と共感の精神が伝わり、地域社会の一員として未来への希望を育み、次世代のリーダーたちに道を示しているようでした。
ありがとうございました。(しょうちゃん)

家屋荷物取り出し、ブロック塀解体、仮設で足湯+集会所営業、炊き出し…活動は様々あります!

◆奥能登10時間。でも昼の移動なので疲れない! 

 奥能登・週末ボランティア「チームA」はボラ4月19日金が初。9人が参加しました。メンバーはほとんどがリピーターで、初参加は1人だけでした。

 金12:00/出発。マイクロバスで約10時間後。町野町のトンネルの先(珠洲市)の海楽荘に到着。

 そのまま寝袋で寝て翌日8:30から活動。土9:00/活動は3チームに分け、仮設住宅の集会場での「足湯」、もう1チームは家屋の片づけ系、炊き出し+片付けチームの3つ。

 町野に隣接している(能登町)柳田地区で人力ハンマーによるブロック塀解体(3人)、その後(輪島市)町野に戻り、足湯の応援+昼食。2件目は家具の取り出し、3件目は納屋から大工さは工作機械の取り出し(重機と連動)と廃棄材木の分別。一方の足湯チームは仮設で、神戸たこ焼き隊とのコラボをしつつ、足湯の営業に他の集会場に回って顔つなぎをし、さらに炊き出し応援に行くという。あちこちでの活動でした。

 

◆スターリンクで活動報告会

18:30/「現地の報告会とボランティア説明会」を栃木事務所とつないでやりました。通信状況がもともと悪い地区で、先週やっと衛星通信スターリンクをつないでWiFiが何とか開通した(関東風組小林さんのおかげ)ので、これで報告会をやりました。

日6:00/炊き出し2人が早めに活動開始。片付けは9:00からつぶれたコンクリートブロックの納屋から電動削岩機で耕運機の取り出し(30分)。移動して2階から家財運び出し2件を同時進行で実施。さらに足湯チームは金倉集会所での足湯でした。

 現場のバス14:00発。宇都宮到着が遅かったので、次回から13:00発にしたいと思います。

 

 仮設住宅ができ始めて、人が戻ってきたので片づけてほしい、仮設の中の棚を作りたいなどの生活の要望がたくさんあります。それらを足湯の活動で仲良くなって実施していこうと思っっています。

 また、子供たちも「友達がいなくなって寂しい」といってます。

災害のボランティアはニーズ(要望)を集めて、現場の作業確認するボランティア、現場作業を指揮するボランティア、現場で重機や道具を扱うボランティア、住民の気持ちに寄り添い仲良くなるボランティアなど様々なボランティアの組み合わせで活動ができるのです。

 いま、とちぎVネットから2人がそのまま残り、御用聞き&コーディネートの活動をしています。キクチさんからは「現地ではまだまだ活動場所があり、ニーズは沢山あることがわかってきた。体力を必要とする片付け等のボランティアにはやはり人手を必要としている」と言ってます。また「(保育園再開していないので)子どもを見守りながら、自宅の片付けなどが進まない」という親のつぶやきもあります。

 これから6月下旬にかけて、毎週末派遣を続けていきます。現地の状況にあわせた臨機応変の支援を続けたいと思います。

戦う二者の問題ではなく、「悪を国際社会が許さない姿勢」をとり続けることが重要

宇都宮より小さい都市に爆撃3.4万人死亡。110万人が餓死寸前

パレスチナのガザ地区を支配するハマスとイスラエルとの戦争が始まり、今月7日で半年。宇都宮より小さい面積のところに220万人が住み、フェンスで囲まれ逃げられない状況のガザ地区にイスラエルは爆撃や砲撃をし続け、これまでで民間人34000人が死亡した。さらにガザ地区への食料・水・燃料・医薬品などの供給をすべて止めているため、110万人が餓死寸前であり、深刻な飢餓状態が発生している。国連安全保障理事会で326日「ガザの即時時停戦を求める決議案」がアメリカの棄権でようやく採択された。だが、まだ戦闘は終わっていない。休戦交渉に向けた動きはある一方で、状況は悪化していくばかりである。4/9のみんながけっぷちラジオでは、この問題について日本国際ボランティアセンター(JVC)の職員としてパレスチナ支援に携わってきた並木麻衣さんをゲストにお迎えして、お話を伺った

 

「おもてなし」をしないと気が済まない文化

 並木さんは大学でアラビア語を勉強していたことでパレスチナへ留学した。その中で特に印象に残っていることは現地の人々の「おもてなしの心」だったという。並木さんを見るや否や、自分で飲んでいたヨーグルトを差し出してくれた少年や、皿の上の食べ物がなくなると止めどなく料理を出しておもてなしをしてくれた人など、パレスチナの人々の温かさに感激する日々だったそうだ。パレスチナの人々の暮らしや文化には美しいものがたくさんある。しかし日本のテレビや新聞では戦争の報道しかなされていない。だからこそ日本とパレスチナの心理的距離も遠いのではないか、と並木さんはいう。

 

パレスチナ問題はシンプル「日本だとアイヌの問題」

今パレスチナで起きていることがどのような問題なのか聞いた。並木さんはこの問題を「アメリカで言うとネイティブアメリカンの問題、日本で言うとアイヌの問題」と表現した。元々暮らしていた人々の土地が別の人(民族)によって奪われる。そして追放された人々は生きる場所、そして生きる権利さえも失う。つまり先住民問題だということだ。アメリカにも日本にもかつてこの構図があった。このパレスチナ問題も100年前の「シオニズム」によるヨーロッパからのユダヤ人入植運動から始まっている。それは19世紀末からのユダヤ人排斥運動が発端となる歴史的背景がある。この人権侵害を許せるかどうか。宗教の違いなど難しそうなイメージをも持たれがちだが、パレスチナ問題は「日本人が思っているよりシンプルな問題」だと並木さんはいう。

 

アドボカシー。「弱者の代弁」が私たちのやるべきこと

「これは戦っている二者間だけの問題にしてならない。悪を国際社会が許さない姿勢を取り続けることが重要」だと強く語った。JVCでもいくつかの声明を出し、日本政府や国際社会に対して「訴える活動」をしてきた。

しかし、まずは日本人にもパレスチナのことを知ってほしい。食事、服装などの暮らしや文化から興味をもち始めても良い。「パレスチナは遠く離れた未知の場所ではない、パレスチナ問題は日本に無関係な問題ではないという認識をもつことが今の私たちにできることの第一歩だ」と語った。

 

その上で、「声を上げる」という次の行動に移すことも重要だと話した。その1つの手段が「デモ」だ。日本では、「怖い」という感情をもつ人が多いが、これは正当な権利行使である。実際に都心では毎日のようにデモが行われている、とコメントおじさん。イスラエルが行っている残虐な行為を訴え続けている人々がたくさんいる。悪人を見て見ぬふりをして、悪人に加担するのか。11人の行動に数百万人の人の命がかかっている。(ジオ学生 ながたき)