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東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故から13年が経った。そして今年の元旦には、能登半島地震が起き、今も多くの方が生活再建の道筋が見えにくい中で避難生活をしている。今回の能登半島地震の震源地近くにも志賀原子力発電所があった。
3月26日のみんながけっぷちラジオでは、「もしかしたら起きていたかもしれない原発事故」について原発避難の当事者である半谷八重子(はんがいやえこ)さんをゲストにお迎えし、特に「避難」にフォーカスして当時のお話を伺った。
大渋滞。避難は容易ではない。
半谷さんは当時、福島第1原発から3kmの福島県双葉町に自宅があった。地震発生時はこれまで経験したことのない大きな揺れに耐えるのに必死で、近くの高架橋が崩れているのにも気づかないほどだったという。そして揺れが収まった次の瞬間「原発はどうしたんだろう」と半谷さんの脳裏をよぎった。しかしこれまで「原発は安全安心」という神話を信じ込んで生きてきたため、危機的な状況であることなど疑いもしなかったと半谷さんは語る。
そして翌12日早朝、防災無線での双葉町全町民へ避難指示。この時も正しい情報はなく、2、3日でまた自宅に帰ってくるつもりで必要最低限のものを持ち、車で避難所へ向かった。しかし全町民の避難は容易ではなかった。道路は大渋滞で全く前進しない。半谷さんは普段2時間で行くことができるところを8時間かけてようやく避難所にたどり着いたそうだ。中には指示された避難所に行くことは諦めて他の町や親戚の家に避難した人もおり、町民はばらばらになってしまったという。
「2、3日が、一生になってしまった」
「またすぐ帰ってこられるだろう」。避難指示が出て家を出たときの予想は、だんだん情報が明らかになるにつれて消えていった。
「2、3日が一生になってしまった。ふるさとを置いて来なくちゃならない」。半谷さんのこの言葉には悔しさ、悲しさ、憤り、先を見通せない不安などたくさんの感情が込められている。そして双葉町から宇都宮市に避難し、新しい生活を始めてからもその感情は半谷さんの心の中にずっと残り続けている。桜を見ても綺麗だと思えない、椿の赤もピンとこない。13年経った今も「おめでとう」という言葉が辛く、年賀状が書けないと半谷さんは語った。
「語り継いでいくこと、自分の目で見ること」が大切
今の小学生は震災や原発事故を経験していない世代になる。このように経験していない世代が増えていく中で、私たちができることは何だろうか。
半谷さんは「語り継いでいく」ことだという。震災や原発事故の記憶を思い出すのは辛いことではあるが半谷さんはこの思いから今回のラジオ出演を決めたそうだ。また、実際に現地に足を運んで自分の目で見ることも必要だとも語る。
(ラジオ学生 ながたき)
7月2日のみんながけっぷちラジオでは、障害者グループホームEME社長の赤松里去子さんと入居者の長谷川涼華さんをゲストにお迎えし、障害者グループホームの暮らしについてお話を伺った。
障害者グループホームとは、生活に困難や不安を抱えている精神障害や知的障害のある人がサポートを受けながら共同生活をする場である。EMEには20代から60代の14人の入居者が、3人ずつに分かれて暮らしている。ほかにも独り立ちをし、必要な時にスタッフのサポートを受けながらアパートに1人暮らしをしている人もいる。
「愛し愛される」
赤松さんは、どんな障害をもっていても「その人らしさ」を大切にしている。1人1人の生い立ちや性格、考えていることに向き合い、その人がその人らしく安心して生きられるように寄り添いたいと話す。その想いは、入居者の長谷川さんにも大きな支えになっている。
「私にとってEMEは、夢と安心できる居場所と大きな成長をくれた場所。これまでは自分が夢や希望をもつことができない環境にいたが、ここに来て生活も精神も安定して、やりたいことをやりたいと言えるようになった。今は自分と同じ境遇の子どもたちを助ける児童養護施設の職員になるために勉強している」という。
そして赤松さんは、愛されることも大切だが、愛することも同じくらい大切だという。そのために各棟1匹ずつ保護猫を飼い、愛情を注ぎながら育てている。
ホーム名にもあるEMEとは、「愛し愛される」という意味。まさにホームとそこに関わる人たちの関係が表れている。
「福祉の型にはまらない」もっと開かれた助け合いの体制を
社会では障害や福祉に対するハードルが高い。そこで赤松さんが意識していることが、「福祉の型にはまらない」ことだ。例えば、福祉サービスというと支援する側とされる側が明確に分かれてしまい、支援される側からすると居心地が悪く感じてしまうこともある。だからこそ、EMEではあえて支援する側も自然体でいるようにしている。そしてこれからは「周りの人が感じる障害や福祉へのハードルを下げていきたい」という。誰かを助けたいという気持ちをもつ人がもっと気軽に関われるように開かれた助け合いの体制をつくっていきたいと話した。
困ったときに頼れる大人や制度をもっとしってほしい
入居者の長谷川さんは、「社会には困った時に頼れる大人や制度がある。グループホームもその1つ。だからこそ、もっとたくさんの若者にそのような存在について知ってもらいたい」と話す。自分がEMEという安心できる居場所を見つけられたからこそ、「1人で抱え込まないで」というメッセージを強く訴えた。
(ラジオ学生 ながたき)